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欲とわがまま

2016.07.04(Mon)

『日々の暮らし』 Comment-Trackback-

つい先日、
近くで農園を営んでいる知人から
無肥料無農薬を10年続けている桃をわけていただくことができた。

果実はどうしても農薬散布回数が多くなってしまうと前から聞いているので、
何だか気になって息子にはあまり果物を食べさせていない私には、
まさに救いの神。桃が神々しく見えた。

けれど、同時にとても恥ずかしい気持ちにもなった。
というのも、農園の奥さんが果樹園に連れて行ってくれる前に、
『木が本当にかわいそう』
と話すのを聞いて、私はもちろん
『?』
何だかあまり意味がわからない。
一見普通に立っている木に見えたけど、
近くに寄ると、木が半分くらい虫に浸食されてぼろぼろに腐っている。
隣にあるスモモは、カビが生えてぽとんと落ちてくるそうで、
木の下にそうして落ちたスモモの実が沢山。
奥さんは
『無農薬にすると木にすごく負担になってしまって
かわいそうなことをしているって思う』
とまた私に話した。
私がわけていただいた桃の木は、今年を最後にだめになるだろう、とも。

この農園は主たる販売は野菜やお米なので、
どうしても果実に手がまわりきらないのも原因だということだけど、
私は、安易に無農薬の果実が欲しいと思っていた自分が恥ずかしくて、
この知人に、そして果実の木たちに対して申し訳なくなって
言葉が見つからなかった。

おいしい果物が食べたい。でも農薬を使っていないものが欲しい。
というのは欲とわがまま・・・だよね。


けれど、さすが果物王国山梨。
県内各地に、無肥料無農薬や、無農薬、低農薬で果物を育てている農家さんが
何軒もいらっしゃる。本当に頭が下がるばかり。


たとえ薬を使っていたとしても、
愛情を持って果実のお世話をしている人に
山梨に来てから沢山出会ってきた。

おいしい果物を食べられる幸せ。









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久しぶりに。

2016.07.03(Sun)

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ブログを書きたいなぁと
何度となく思いながら、
前回からはや4ヶ月。
久しぶりの更新です。

私のブログなんて誰も見てないかーとも思うけど、
たまに、見ているよと言ってくれる人に出会って、
そうなのかとありがたい。
ありがとうございます。


息子も2足歩行になり、
何だか近頃は色々理解する様になって、
親をからかってえへへと笑う様にもなり、
だいぶ面白い。

私は身近に赤ちゃんの成長を見たことがないまま
子育てをしはじめたこともあって、
自分がどう在ればよいのか、よくわからない状態で
1年ちょっと経ってしまった。
さすがに1年以上、ほぼずっと一緒にいるので、
息子の様子もだいたいわかるようになり、
少しだけ余裕が出てきたのか、
やっと母親になってきた(気がする)

それぞれの家庭の環境があって、
親も子も一人の人であって、
子育ての価値観は十人十色だ。


最近読んだものに書いてあった言葉。
『こどもは正しさではなくあたたかさの中で育つもの』
2児の母である友人が、以前、
『日本の母親は求められることが多すぎる』
と嘆いていた。
共感はしたけど、ではどう解決すればいいのかな?
という答えもなく、日々過ごしていたけれど、
単純なことでよいのだ。
親として、あたたかい環境をつくることなら
私にもできる(かも)!
気持ちが軽くなった。

息子の個性を大切にできたらいいなと願う日々。


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苦言

2016.03.03(Thu)

『日々の暮らし』 Comment-Trackback-


子供が居る身になって気づいた事。

赤ちゃんは
いつもにこにこしていたいわけではない。
眠い、お腹がすいた、
お腹が痛い、おむつが気持ち悪い、
居心地が悪い場所ではいやだなぁと思ったり、
それを言葉にすることはできないから
泣いたり嫌がったりして伝える事もあるけれど、
きっと何となくその状況に合わせるしかないことも多いと思う。


でもなぜか
『抱っこしようか?』
と赤ちゃんに聞く大人が多い。
ちょっと待って。
いきなり初めて会った知らない人に
抱っこされたいなんて思っているはずがない。
眠くてお腹が空いて我慢しているのに
望みもしないシチュエーションで
あやされたりする時なんかは最悪だ。


赤ちゃんも感覚(それも鋭い)と
意志を持った一人の人間。
その人の状況を考えないで
抱っこしてあげる、
あやしたら喜ぶだろう、
という大人の思い上がりに
何度となく腹が立った経験がある。


基本的には沢山の人に抱っこしてもらうのは
いいことだと思っていたけど、
それだけではなかったと気がついた。


今は核家族が多くて
隣近所との心の距離も遠くなったから
私はこんなことを感じるのだろうか。
ずっとむかしむかしは、
みんなで赤ちゃんをかわいがってみんなで育てていたはずだ。
こんなことで腹も立つ訳は無かったのだろうな。
これを書くにあたってそんなことも思った。










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おむつに頼らないこと、その後

2016.03.03(Thu)

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おむつになるべく頼らないで
息子の排泄のお世話をしている毎日。

あ、今回もおしっこの話です。
お食事前の方、すみません。
そして、ご興味の無い方は、
長いのでスルーして下さい。


ついにこの日がやってきました。


おしっこがそろそろ出るよなーと思って息子を見ていたら、
やっぱり出ました。

ちょうど朝、パンツ型のおむつカバーが壊れてしまったので、
トレーニングパンツ(厚手で布が何重にもなっている)
をはいてもらっていたのですが、
初めてびっくりした顔をして自分のおまたを覗き込んでいます。

その2、3日前から、布おむつにおしっこをした時は、
『変な顔』をしたことはありましたが、
この時は明らかに、自分から何かが出て行ったということに
気がついた瞬間だったと思います。
「おしっこが出たねー」と声をかけると、
恥ずかしそうに笑っていました。

それから、おしっこが出そうになると、
自分のおまたに手をあてて「んん?」
という顔をするようになりました。
「おしっこ出るかな?」
と声をかけると
にこにこっと反応してくれるのです。
これには本当に感激しました。
「お母さんに教えてくれてありがとう!」
と毎回心から声をかけてしまいます。
息子も、私のペースでおまるに当てられて
何となくおしっこしている時と違って
あきらかに気持ち良さそうです。

それからというもの、私も
絶対に出ると思う時と、
自分の用事のために先に用をたしてもらいたいなーと思う時だけ
息子におまるをあてることにして、
できるだけ息子が
「おしっこでるよ」
のサインを自分から出してくれるのを
待つ様になりました。

息子が自分がおしっこをしているという事実を認識したその日、
久しぶりに夜もおむつにおしっこをしませんでした。
かなりの確率で夜もおまるにおしっこをする時期が長かったのですが、
ここしばらく、ほとんどおむつにおしっこをして
びしょびしょの布おむつで寝る日が続いていたので、
これも驚きです。

今思うと、これまでの数ヶ月、
大きく成長発達が進む時には
必ず睡眠や排泄のリズムが狂って
その度に翻弄されて、正直に書くと
イライラしていました。
もっと息子の成長を信じてゆったり構えていればよかった
と猛反省。
過ぎた事は仕方ないので、
息子の成長をゆったりとした気持ちで見守る!
と誓うのみです。


一日に何度も、繰り返し繰り返し
息子に「おしっこ出るかな?出ないかな?」
「おしっこ出たね、よかったね。気持ちよかったね。」
と声をかけ続けてよかった。
ちゃんと聞いてくれていました。

赤ちゃんは私たちが思っているよりも
物事を理解していて、言葉もよーく聞いているようです。






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おむつに頼らないこと、から。

2016.02.11(Thu)

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久しぶりに書きます。
子育ての話なので、
カトラリーとは全く違う内容です。

あっという間に息子が生後11ヶ月になるところです。

妊娠、出産、育児。
どれも初めての経験。
身近に小さな子がいる環境にいたことがなかったので、
見た事もない。
今の時代だから、そういう人は多いと思います。
私もそのひとり。

学生の頃から子育てをいつかはしてみたいなぁと思っていたので、
子育てにまつわることで興味のありそうな事は
何となくキャッチしてきたつもりだったけど、
結局、ネットをはじめ、情報を駆使しながら
周りの人に聞きながらやるしかない。
(しかも自分が実際にやってみて
子育てしている人の大変さが
まったくわかっていなかったことに気づいて
愕然としました!)


そんな中で、とても興味があったのは
おむつにたよらないで排泄のお世話をするということ。
『おむつなし育児』とか『排泄コミュニケーション』
という言葉でくくられています。
ご興味のある方は検索されるか、
本も何冊か出版されているので、読んでみて下さい。
ここでは個人的な経験を書いてみます。


私がとても興味をひかれたのは
『人は本能的に、排泄物で自分の体を汚したくないという欲求がある』
『母親は自分の子供がいつおしっこやうんちをしたいかがわかる(はずである)
又は、言葉を話さない赤ちゃんも排泄のサインを出している』
という2つの基本的な考え方です。


おむつなし育児の本に書かれていたエピソードが衝撃的でした。
ある文化人類学者が、中国の田舎の方に調査に行き、
おむつを使っていないお母さんに
『なぜ赤ちゃんがおしっこやうんちをしたいということがわかるのか』
と質問したら、
『自分の子供がいつおしっこをしたいのかがわからないということがわからない』
という答えが返ってきたそうです。
人類の半分はおむつを使わずに子育てをしている、
という事実も驚きでした。
でも考えてみたら確かに、
布や紙おむつが豊富に手に入らない地域は沢山あるはず。


私も人間なので、できるかもしれない!
という浅はかな期待を胸にはじめてしまい、
苦労したり喜んだり悲しくなったり驚いたり。
独りよがりとも言える私の排泄のお世話に
夫は振り回されているのか、
息子は付き合わされているのか?
何だか自分でもよくわかりません。

ただ、私の唯一の取り柄の忍耐強さで、
失敗してもひたすら息子のおしっことうんちに向き合ってきた数ヶ月。
今はいつ息子のおしっこが出るか、
何となくわかるようになりました。
もちろん完璧ではありません。
うんちは2週間に1回くらいおむつにしています。


おむつを完全に外すとお掃除が大変な家のつくりのため、
私は1回1回おむつを外しておまるにあてたり
おトイレに連れて行ったりしていて
手間はかなりかかります。
しかもおっぱいだけで育っているので、
おしっこも多くなり、
一日に何回も何回もおむつをつけたり外したり・・・。
上手く行かなくてやめてしまおうかと思った事もありますが、
何だかやめられずに今日まできました。


私が息子のサインを読み取れないがために、
おしっこが出ないのにトイレに連れて行ってしまう事が
1日に何回かあって、
そういう時は、息子は嫌がっている、
というのはデメリットの1つなので、先に書いておきます。


私が感じているメリット。
(本にも書いてあった事ですが)
食事(おっぱいまたはミルク)や睡眠と同じ様に、
排泄のお世話をすることによって
おそらく赤ちゃんのことをより理解できる様になった、
ということです。

食事や睡眠って、赤ちゃんのサインはとてもわかりやすいのですが、
排泄の場合はちょっと難しい。
だから
より注意深く観察したり声をかけたり触れたりしているうちに、
自分の子供のことをよく知ることができるみたいです。


やっていることがトイレトレーニングのように見えるので、
早すぎる!と驚かれてしまうかもしれませんが、
けしてトイレトレーニングをやっているわけではありません。
実際に、おむつに頼らないで排泄のお世話をする場合でも、
必ずしもおむつが早くとれるということではないようです。
私の息子に至っては、おむつの外で排泄することが大半なのに、
おむつでおしっこやうんちをしている時でも
反応がまったくなく、涼しい顔をしている!
という子も居るわけですから・・・(お母さん、涙!!)

ただ、赤ちゃんが出すサインを注意深く見る事によって、
読み取れるお母さんもいるだろうし、
読み取れなかったとしても、
自分の赤ちゃんに深く関心を持つという意味で、
とても豊かな経験になると感じています。


・・・というわけで思いつくままに書いてみました。
少しずつ言葉を理解しはじめている息子。
私の『おむつに頼らない』挑戦はこの後どうなるか!
楽しみです。


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▼ プロフィール

okisaya19771123

Author:okisaya19771123
山梨の山村に住み、田畑に取組みながら竹のカトラリーを作っています。
※只今育児中につき、制作はお休みしています。
再開の目標は2018年4月。

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