おむつに頼らないこと、その後パートⅡ

2016.08.15(Mon)

『日々の暮らし』 Comment-Trackback-


息子が確か2ヶ月位のときから
おむつなし育児に挑戦して1年2ヶ月あまり。
1歳4ヶ月の後半になった頃に、
おしっこが出る時、夜以外はしっかりと教えてくれる様になった。
うんちはトイレ以外ではしない。
季節柄、家に居るときは下半身ハダカで快適生活を送っている。
今日はたまたま久しぶりにゆかにおしっこジャーしていたけど。
(自分でぞうきんで拭くように教えている・笑)


おむつなし育児をやっている人があまり身近にいないので、
情報が無くて、よくわからないまま続けていたことが、
精神的にはきつかった。
(だったらやめればいいのにやめないのが、私。ただのオバカだ)
そんな中でネット上に自分の経験を記録してくれている人たちの情報が
とっても有り難かった。
ので、簡単に記録を書いてみる事にする。

どなたかが検索してくれてひっかかったりするのだろうか。
だとしたら、ひとつ、自分が今感じている事を先に。
おトイレやオマルと自分の排泄がしっかりつながるのが
とっても早い子もいるし、ゆっくりな子もいる。
当たり前なんだけど、
『もうとっくにできている子もいるのにうちのこはどうして』
と私も思ってしまった。恥ずかしながら。息子よ、ごめんね。

オムツ無し育児というと、特別なことのように感じるけど、
しつけの一つなのだ、と書いているお母さんがいたけど、
私もそれは実感している。
自分にできることはきっとひたすら
うんちとおしっこはおトイレでするんだよ、と根気よく教える事だけ。
子供達はしっかり聞いてくれているので、できていなくてもよいのだ。


前置きが長くなったけれど、本題の記録。
息子は7ヶ月くらいをピークに
ほとんどうんちもおしっこもオマルにしていた。
特にうんちは、歩き始めた1歳過ぎあたりで数回オムツにしただけで、
確か6ヶ月以降はほぼオマルかトイレ。
1歳過ぎ位からうんちの時は
『母ちゃん、どうしよう!』と切羽詰まった顔で訴えていた。
おしっこは、
ハイハイやつかまり立ち、おっぱいから離乳食に移る、
といった変化がめまぐるしい8ヶ月〜1歳くらいの間は
おむつに排泄することが半分以上の日もかなり多かった。

1歳過ぎから1歳4ヶ月になる頃までは、
おしっこのタイミングがだいたいわかっていたので、
トイレに連れて行って排泄をしてもらい、成功することが多かった。
(私の場合は外出先でも極力連れて行った)
このまま私がタイミングだけで連れて行くと、
自分から教えてくれないのではないか、と不安になったけれど、
まったくの杞憂に終わって、
1歳4ヶ月の後半に入ったある日を境に
突然、自分のおちんちんを指差したり、
トイレを指差したりして排泄したいと訴える様になった。
彼の話す言葉は、『ブー(乗り物全般)』と『パ(パン)』位。
なので、面白い。
夫もとてもよく協力してくれて、
たびたびトイレに連れて行ってくれていたけど、
今はもう息子から言ってくれる時だけでよいので、
それはもう本当に楽だ。
オムツは夜必須で、外出時は念のためにあてている。
以上、記録終わり。


・・・ものすごく手間のかかることに手を出してしまった。
結局途中でやめられなくて、
そのせいで育児ノイローゼみたいになってしまった時期もあった。
次はもっとゆったり構えてできるはず・・・。

特に子供が全面的にお世話が必要な時期から自立していく間、
大人は食事、睡眠、排泄のお世話を主にやりながら、
コミュニケーションを取っていく。
この3つの中で、排泄に関しては
今の日本では紙おむつを使って、
ある程度の会話ができるようになってからトイレトレーニングをする、
というのが一般的になっている。
個人的には、食事や睡眠と同じ様に、
排泄にももっと関心を持ってもいいのではないか、
と思う。
けれど、核家族でそれをするのは、
私が経験したように、ある程度のストレスも覚悟なのかもしれない。
私の様にひたすらトイレに連れて行くことをすれば、
自分がやりたいことを大幅に削ることになるし、
身動きも取りにくくなる。

今でもオムツを使わずに育児している人間が地球上にいる。
でもそれは、
赤ちゃんの様子に注意を払う時間的、人的な余裕があって
はじめて標準としてできること。
今私が過ごしている社会は、スピードが早くて、
やらなければいけないことも結構沢山あって、
時間をつくることがとても難しい。
おむつなし育児をやってみて、痛感する。

おむつなし育児をすることで、息子の性格がよくなるとか、
知能が上がるだとか、そういう効果は、たぶん、ない。
じゃぁなぜ自分はやめられなかったのだろう。
何だかよくわからないけど、
息子のおしりがうんちだらけになる
というシチュエーションは本当に数える位の回数だった。
夫が、おむつなし育児がよくわからないながらも
『でもさ、清潔だよね』
と言ってくれたひと言がずっと支えになっていた。







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欲とわがまま

2016.07.04(Mon)

『日々の暮らし』 Comment-Trackback-

つい先日、
近くで農園を営んでいる知人から
無肥料無農薬を10年続けている桃をわけていただくことができた。

果実はどうしても農薬散布回数が多くなってしまうと前から聞いているので、
何だか気になって息子にはあまり果物を食べさせていない私には、
まさに救いの神。桃が神々しく見えた。

けれど、同時にとても恥ずかしい気持ちにもなった。
というのも、農園の奥さんが果樹園に連れて行ってくれる前に、
『木が本当にかわいそう』
と話すのを聞いて、私はもちろん
『?』
何だかあまり意味がわからない。
一見普通に立っている木に見えたけど、
近くに寄ると、木が半分くらい虫に浸食されてぼろぼろに腐っている。
隣にあるスモモは、カビが生えてぽとんと落ちてくるそうで、
木の下にそうして落ちたスモモの実が沢山。
奥さんは
『無農薬にすると木にすごく負担になってしまって
かわいそうなことをしているって思う』
とまた私に話した。
私がわけていただいた桃の木は、今年を最後にだめになるだろう、とも。

この農園は主たる販売は野菜やお米なので、
どうしても果実に手がまわりきらないのも原因だということだけど、
私は、安易に無農薬の果実が欲しいと思っていた自分が恥ずかしくて、
この知人に、そして果実の木たちに対して申し訳なくなって
言葉が見つからなかった。

おいしい果物が食べたい。でも農薬を使っていないものが欲しい。
というのは欲とわがまま・・・だよね。


けれど、さすが果物王国山梨。
県内各地に、無肥料無農薬や、無農薬、低農薬で果物を育てている農家さんが
何軒もいらっしゃる。本当に頭が下がるばかり。


たとえ薬を使っていたとしても、
愛情を持って果実のお世話をしている人に
山梨に来てから沢山出会ってきた。

おいしい果物を食べられる幸せ。









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久しぶりに。

2016.07.03(Sun)

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ブログを書きたいなぁと
何度となく思いながら、
前回からはや4ヶ月。
久しぶりの更新です。

私のブログなんて誰も見てないかーとも思うけど、
たまに、見ているよと言ってくれる人に出会って、
そうなのかとありがたい。
ありがとうございます。


息子も2足歩行になり、
何だか近頃は色々理解する様になって、
親をからかってえへへと笑う様にもなり、
だいぶ面白い。

私は身近に赤ちゃんの成長を見たことがないまま
子育てをしはじめたこともあって、
自分がどう在ればよいのか、よくわからない状態で
1年ちょっと経ってしまった。
さすがに1年以上、ほぼずっと一緒にいるので、
息子の様子もだいたいわかるようになり、
少しだけ余裕が出てきたのか、
やっと母親になってきた(気がする)

それぞれの家庭の環境があって、
親も子も一人の人であって、
子育ての価値観は十人十色だ。


最近読んだものに書いてあった言葉。
『こどもは正しさではなくあたたかさの中で育つもの』
2児の母である友人が、以前、
『日本の母親は求められることが多すぎる』
と嘆いていた。
共感はしたけど、ではどう解決すればいいのかな?
という答えもなく、日々過ごしていたけれど、
単純なことでよいのだ。
親として、あたたかい環境をつくることなら
私にもできる(かも)!
気持ちが軽くなった。

息子の個性を大切にできたらいいなと願う日々。


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苦言

2016.03.03(Thu)

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子供が居る身になって気づいた事。

赤ちゃんは
いつもにこにこしていたいわけではない。
眠い、お腹がすいた、
お腹が痛い、おむつが気持ち悪い、
居心地が悪い場所ではいやだなぁと思ったり、
それを言葉にすることはできないから
泣いたり嫌がったりして伝える事もあるけれど、
きっと何となくその状況に合わせるしかないことも多いと思う。


でもなぜか
『抱っこしようか?』
と赤ちゃんに聞く大人が多い。
ちょっと待って。
いきなり初めて会った知らない人に
抱っこされたいなんて思っているはずがない。
眠くてお腹が空いて我慢しているのに
望みもしないシチュエーションで
あやされたりする時なんかは最悪だ。


赤ちゃんも感覚(それも鋭い)と
意志を持った一人の人間。
その人の状況を考えないで
抱っこしてあげる、
あやしたら喜ぶだろう、
という大人の思い上がりに
何度となく腹が立った経験がある。


基本的には沢山の人に抱っこしてもらうのは
いいことだと思っていたけど、
それだけではなかったと気がついた。


今は核家族が多くて
隣近所との心の距離も遠くなったから
私はこんなことを感じるのだろうか。
ずっとむかしむかしは、
みんなで赤ちゃんをかわいがってみんなで育てていたはずだ。
こんなことで腹も立つ訳は無かったのだろうな。
これを書くにあたってそんなことも思った。










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おむつに頼らないこと、その後

2016.03.03(Thu)

『日々の暮らし』 Comment-Trackback-

おむつになるべく頼らないで
息子の排泄のお世話をしている毎日。

あ、今回もおしっこの話です。
お食事前の方、すみません。
そして、ご興味の無い方は、
長いのでスルーして下さい。


ついにこの日がやってきました。


おしっこがそろそろ出るよなーと思って息子を見ていたら、
やっぱり出ました。

ちょうど朝、パンツ型のおむつカバーが壊れてしまったので、
トレーニングパンツ(厚手で布が何重にもなっている)
をはいてもらっていたのですが、
初めてびっくりした顔をして自分のおまたを覗き込んでいます。

その2、3日前から、布おむつにおしっこをした時は、
『変な顔』をしたことはありましたが、
この時は明らかに、自分から何かが出て行ったということに
気がついた瞬間だったと思います。
「おしっこが出たねー」と声をかけると、
恥ずかしそうに笑っていました。

それから、おしっこが出そうになると、
自分のおまたに手をあてて「んん?」
という顔をするようになりました。
「おしっこ出るかな?」
と声をかけると
にこにこっと反応してくれるのです。
これには本当に感激しました。
「お母さんに教えてくれてありがとう!」
と毎回心から声をかけてしまいます。
息子も、私のペースでおまるに当てられて
何となくおしっこしている時と違って
あきらかに気持ち良さそうです。

それからというもの、私も
絶対に出ると思う時と、
自分の用事のために先に用をたしてもらいたいなーと思う時だけ
息子におまるをあてることにして、
できるだけ息子が
「おしっこでるよ」
のサインを自分から出してくれるのを
待つ様になりました。

息子が自分がおしっこをしているという事実を認識したその日、
久しぶりに夜もおむつにおしっこをしませんでした。
かなりの確率で夜もおまるにおしっこをする時期が長かったのですが、
ここしばらく、ほとんどおむつにおしっこをして
びしょびしょの布おむつで寝る日が続いていたので、
これも驚きです。

今思うと、これまでの数ヶ月、
大きく成長発達が進む時には
必ず睡眠や排泄のリズムが狂って
その度に翻弄されて、正直に書くと
イライラしていました。
もっと息子の成長を信じてゆったり構えていればよかった
と猛反省。
過ぎた事は仕方ないので、
息子の成長をゆったりとした気持ちで見守る!
と誓うのみです。


一日に何度も、繰り返し繰り返し
息子に「おしっこ出るかな?出ないかな?」
「おしっこ出たね、よかったね。気持ちよかったね。」
と声をかけ続けてよかった。
ちゃんと聞いてくれていました。

赤ちゃんは私たちが思っているよりも
物事を理解していて、言葉もよーく聞いているようです。






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▼ プロフィール

okisaya19771123

Author:okisaya19771123
山梨の山村に住み、田畑に取組みながら竹のカトラリーを作っています。
※只今育児中につき、制作はお休みしています。
再開の目標は2018年4月。

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