おむつに頼らないこと、その後

2016.03.03(Thu)

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おむつになるべく頼らないで
息子の排泄のお世話をしている毎日。

あ、今回もおしっこの話です。
お食事前の方、すみません。
そして、ご興味の無い方は、
長いのでスルーして下さい。


ついにこの日がやってきました。


おしっこがそろそろ出るよなーと思って息子を見ていたら、
やっぱり出ました。

ちょうど朝、パンツ型のおむつカバーが壊れてしまったので、
トレーニングパンツ(厚手で布が何重にもなっている)
をはいてもらっていたのですが、
初めてびっくりした顔をして自分のおまたを覗き込んでいます。

その2、3日前から、布おむつにおしっこをした時は、
『変な顔』をしたことはありましたが、
この時は明らかに、自分から何かが出て行ったということに
気がついた瞬間だったと思います。
「おしっこが出たねー」と声をかけると、
恥ずかしそうに笑っていました。

それから、おしっこが出そうになると、
自分のおまたに手をあてて「んん?」
という顔をするようになりました。
「おしっこ出るかな?」
と声をかけると
にこにこっと反応してくれるのです。
これには本当に感激しました。
「お母さんに教えてくれてありがとう!」
と毎回心から声をかけてしまいます。
息子も、私のペースでおまるに当てられて
何となくおしっこしている時と違って
あきらかに気持ち良さそうです。

それからというもの、私も
絶対に出ると思う時と、
自分の用事のために先に用をたしてもらいたいなーと思う時だけ
息子におまるをあてることにして、
できるだけ息子が
「おしっこでるよ」
のサインを自分から出してくれるのを
待つ様になりました。

息子が自分がおしっこをしているという事実を認識したその日、
久しぶりに夜もおむつにおしっこをしませんでした。
かなりの確率で夜もおまるにおしっこをする時期が長かったのですが、
ここしばらく、ほとんどおむつにおしっこをして
びしょびしょの布おむつで寝る日が続いていたので、
これも驚きです。

今思うと、これまでの数ヶ月、
大きく成長発達が進む時には
必ず睡眠や排泄のリズムが狂って
その度に翻弄されて、正直に書くと
イライラしていました。
もっと息子の成長を信じてゆったり構えていればよかった
と猛反省。
過ぎた事は仕方ないので、
息子の成長をゆったりとした気持ちで見守る!
と誓うのみです。


一日に何度も、繰り返し繰り返し
息子に「おしっこ出るかな?出ないかな?」
「おしっこ出たね、よかったね。気持ちよかったね。」
と声をかけ続けてよかった。
ちゃんと聞いてくれていました。

赤ちゃんは私たちが思っているよりも
物事を理解していて、言葉もよーく聞いているようです。






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おむつに頼らないこと、から。

2016.02.11(Thu)

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久しぶりに書きます。
子育ての話なので、
カトラリーとは全く違う内容です。

あっという間に息子が生後11ヶ月になるところです。

妊娠、出産、育児。
どれも初めての経験。
身近に小さな子がいる環境にいたことがなかったので、
見た事もない。
今の時代だから、そういう人は多いと思います。
私もそのひとり。

学生の頃から子育てをいつかはしてみたいなぁと思っていたので、
子育てにまつわることで興味のありそうな事は
何となくキャッチしてきたつもりだったけど、
結局、ネットをはじめ、情報を駆使しながら
周りの人に聞きながらやるしかない。
(しかも自分が実際にやってみて
子育てしている人の大変さが
まったくわかっていなかったことに気づいて
愕然としました!)


そんな中で、とても興味があったのは
おむつにたよらないで排泄のお世話をするということ。
『おむつなし育児』とか『排泄コミュニケーション』
という言葉でくくられています。
ご興味のある方は検索されるか、
本も何冊か出版されているので、読んでみて下さい。
ここでは個人的な経験を書いてみます。


私がとても興味をひかれたのは
『人は本能的に、排泄物で自分の体を汚したくないという欲求がある』
『母親は自分の子供がいつおしっこやうんちをしたいかがわかる(はずである)
又は、言葉を話さない赤ちゃんも排泄のサインを出している』
という2つの基本的な考え方です。


おむつなし育児の本に書かれていたエピソードが衝撃的でした。
ある文化人類学者が、中国の田舎の方に調査に行き、
おむつを使っていないお母さんに
『なぜ赤ちゃんがおしっこやうんちをしたいということがわかるのか』
と質問したら、
『自分の子供がいつおしっこをしたいのかがわからないということがわからない』
という答えが返ってきたそうです。
人類の半分はおむつを使わずに子育てをしている、
という事実も驚きでした。
でも考えてみたら確かに、
布や紙おむつが豊富に手に入らない地域は沢山あるはず。


私も人間なので、できるかもしれない!
という浅はかな期待を胸にはじめてしまい、
苦労したり喜んだり悲しくなったり驚いたり。
独りよがりとも言える私の排泄のお世話に
夫は振り回されているのか、
息子は付き合わされているのか?
何だか自分でもよくわかりません。

ただ、私の唯一の取り柄の忍耐強さで、
失敗してもひたすら息子のおしっことうんちに向き合ってきた数ヶ月。
今はいつ息子のおしっこが出るか、
何となくわかるようになりました。
もちろん完璧ではありません。
うんちは2週間に1回くらいおむつにしています。


おむつを完全に外すとお掃除が大変な家のつくりのため、
私は1回1回おむつを外しておまるにあてたり
おトイレに連れて行ったりしていて
手間はかなりかかります。
しかもおっぱいだけで育っているので、
おしっこも多くなり、
一日に何回も何回もおむつをつけたり外したり・・・。
上手く行かなくてやめてしまおうかと思った事もありますが、
何だかやめられずに今日まできました。


私が息子のサインを読み取れないがために、
おしっこが出ないのにトイレに連れて行ってしまう事が
1日に何回かあって、
そういう時は、息子は嫌がっている、
というのはデメリットの1つなので、先に書いておきます。


私が感じているメリット。
(本にも書いてあった事ですが)
食事(おっぱいまたはミルク)や睡眠と同じ様に、
排泄のお世話をすることによって
おそらく赤ちゃんのことをより理解できる様になった、
ということです。

食事や睡眠って、赤ちゃんのサインはとてもわかりやすいのですが、
排泄の場合はちょっと難しい。
だから
より注意深く観察したり声をかけたり触れたりしているうちに、
自分の子供のことをよく知ることができるみたいです。


やっていることがトイレトレーニングのように見えるので、
早すぎる!と驚かれてしまうかもしれませんが、
けしてトイレトレーニングをやっているわけではありません。
実際に、おむつに頼らないで排泄のお世話をする場合でも、
必ずしもおむつが早くとれるということではないようです。
私の息子に至っては、おむつの外で排泄することが大半なのに、
おむつでおしっこやうんちをしている時でも
反応がまったくなく、涼しい顔をしている!
という子も居るわけですから・・・(お母さん、涙!!)

ただ、赤ちゃんが出すサインを注意深く見る事によって、
読み取れるお母さんもいるだろうし、
読み取れなかったとしても、
自分の赤ちゃんに深く関心を持つという意味で、
とても豊かな経験になると感じています。


・・・というわけで思いつくままに書いてみました。
少しずつ言葉を理解しはじめている息子。
私の『おむつに頼らない』挑戦はこの後どうなるか!
楽しみです。


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彼岸花と稲刈り

2015.10.01(Thu)

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彼岸花が咲き始めた頃に書こうと思っていたのに
もう10月になってしまいました。



彼岸花はちょうどお彼岸の頃に満開を迎え、
棚田の稲はどんどん黄色くなっていきました。
気の早い人たちは稲刈りをしていて、
天日干しされている可愛い姿の稲たちも。

息子をおんぶして夕方散歩をするのが日課になって、
自分の住む村の景色を
ゆっくり味わう事ができるようになりました。

毎日微妙に違う空の色、
つぎつぎ花開く小さな野草、
彼岸花の透き通る赤、
枯れてゆく稲の鮮やかな黄緑色。

せっかく山奥に居るんだもの。
いつか都会に行って色々な刺激を受けるのだろうけど、
今はこの自然の色をたくさん目に入れてほしいな。
・・・と思いながら背中越しに息子をちらっと見たら、
アスファルトの割れ目を一生懸命見ていました。

ははは。
自分のエゴで子育てしては、いけませんな。

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デビュー

2015.07.04(Sat)

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ついに
お櫃デビューした。

私の祖母はきっと使っていたけれど、
たぶん母が幼い時に使うのをやめていたと思う。


お櫃は、お米を保存しておくための智慧の詰まった道具だ。
でも、使いこなせるかどうかわからなかったので
数年迷ったあげくにやっと手元にやってきた。

おそるおそるつかい始めたけれど、
扱い方は本当にシンプル。
そして少しの手入れをするだけで
とても長く使えそうな道具。
やることは、
私の作っている竹のカトラリーと
それほど変わらないことに気づく。


『「文化」とは芸術の類いをさすのではなく、
その土地の風土に合う生活様式のことをいう』
のだそう。


日本の風土の中で作られてきた
木や鉄や竹の道具。
それらを使い続けるための
扱い方や手入れの仕方。
ずっと人々がつないできた数々の智慧。


特別なことではなく、
日々淡々と、
『文化』のある暮らしをしていけたら
私にはそれがいちばん幸せなことだと思う。



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輝く日々

2015.06.12(Fri)

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息子が産まれて3ヶ月が過ぎました。

最初の1ヶ月は自分の体の回復が今ひとつで、
初めての子育ては毎日精一杯であっと言う間に過ぎてしまいました。
今思い出しても夢の中の出来事のようです。

1人で息子のお世話と家事をこなしていると、
不謹慎に思われるかもしれないけれど、
心穏やかでいられないことも多くて、
こんなに望んでいた子育てなのになぜなのか、
自問自答する日々が続きました。

やっとこの頃、
体の回復とともに少し余裕が出てきたようで、
日々変わって行く息子との時間は
この上なく貴重で愛おしく感じます。


抱っこする時のぬくもり。
無垢な表情やしぐさ。
幸福感いっぱいの笑顔。


息子と私たち夫婦の輝く日々。




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▼ プロフィール

okisaya19771123

Author:okisaya19771123
山梨の山村に住み、田畑に取組みながら竹のカトラリーを作っています。
※只今育児中につき、制作はお休みしています。

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