職人

2014.08.05(Tue)

『日々の暮らし』 Comment-Trackback-
ご縁あって
高知県、黒鳥鍛造工場の梶原さんを訪ねてきました。


考えてみたら、
バリバリ働くベテランの職人さんのお仕事を初めて見た私。


70歳とは思えない軽々とした身のこなしと
この腕の太さと筋肉。
思わず目がハートに。。。

梶原さん_convert_20140805101233


『熟練の技を持つ職人の仕事は
無駄がなく美しい』ということは
よく言われますが、
まさにそのままでした。
見ていて気持ちのよいリズム、流れるような仕事。


真夏のさなか、
高温の炉を前に、
赤めた鉄の色で温度を見分けながら
鉄を操る姿には
気迫さえ感じて
本当は目がハートになる前に圧倒された
というのが正しいかもしれません。


普通の人なら一日使ったら腱鞘炎になるだろう
かなり重量のある鎚(鉄を打つハンマー)を
軽々と使いこなし、
飛び散る火花にはもろともせず、
自分の何十倍もの力がある
電動のベルトハンマーを手先のように使いこなす姿は
まさにスーパーマンでした。


腕にびっしりついたおびただしい数のやけどの跡と、
ニコニコと穏やかな笑顔、
お話の節々から垣間見える、
60年鍛冶屋として人々の暮らしを支えてきた自信と、
その功績にそぐわないと思われる謙虚な姿勢が
また梶原さんの魅力を一層引き立てていました。

DSC_0864_convert_20140807055722.jpg



鍛冶という仕事は
約2000年、変わらない製造方法で
道具を作ってきたと言われていますが、
特に戦後、飛躍的に工業化され、効率化されたのも確かです。


梶原さんの作業は、
炉の燃料はガスで、
ベルトハンマー、切断機、裁断機
研磨機も数台使って、
それから鋼と地金が元々張り合わさった
便利な材料を使ってもいるので(※)
だいぶ効率化されていました。
(※つくる物によって、鍛接という
2種類の鉄を張り合わせる作業も
やっていらっしゃいます)


けれど、梶原さんの歩んで来た職人としての道は、
機械をまったく使わない、
人が相鎚を打つ仕事、朝早くから夜遅くまで働き続ける生活、
からはじまっていました。
今では誰も作ることができないのではないか、
というような、大きな刃物や特殊な刃物を作っていた、
その時代を十二分に経験しているからこその
今の仕事だということが
作業の様子から感じられるのでした。


手仕事のロマン。よくわかります。
けれど、梶原さんの選択も、
鍛冶屋として適正価格の良品を提供しながら
家族を養いながら
大量生産の波に飲まれず、
存続していく一つの方法だということを
深く理解した経験でした。


DSC_0881_convert_20140807060910.jpg



何十種類もの質の高い刃物を作ることができる梶原さん。
こんな鍛冶屋さんは
もう日本には数えるくらいしかいらっしゃらないかと思われます。
働く姿は50代。まだまだお仕事してくれそうです。
奥様がまた素晴らしいお仕事をされていました。
外に出て働いていたのを辞めた20年前から鍛冶の仕事を手伝い、
今では刃物の柄付けは奥様が担当されています。
柄付けをされている女性には初めて出会いました。
木と金属を組み合わせて行く作業は思った以上に正確さが必要で、
奥様もひとりの職人さんです。
5代目の息子さんもついに修行にはいられました。
黒鳥鍛造工場はホームページを作り替えている途中だそうです。
ぜひ再開の時にはチェックしてみてください。


大きな機械でガシャンとプレスされて形づくられた刃物が
安価で大量に出回る今の時代。
工業化されたものが全て質の悪い物ではなくて
良い物も沢山あるわけです。
けれど、自らの勘、感覚でものを作るという
経験と根気と探究心が必要な作業に
日々取り組んでいる人もたくさんいる。
広く一般の人たちの間では有名になったりしないけれど、
びっくりするような技を持っている人たちがいる。
そんなことに少し思いを馳せてもらえたらうれしいな
と思って書いてみました。



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▼ プロフィール

okisaya19771123

Author:okisaya19771123
山梨の山村に住み、田畑に取組みながら竹のカトラリーを作っています。
※只今育児中につき、制作はお休みしています。
再開の目標は2018年4月。

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