我が師を語る その1

2011.11.04(Fri)

『日々の暮らし』 Comment-Trackback-
先月末、私の師匠である
長野修平氏のところへイベントのスタッフとして出向いてきました。
Nature Works
我が師匠のことをちょっと語ってみようと思います。
(※竹のカトラリーの師匠ではありません、そのことについてはその2以降でご紹介しますね)

長野さんは私が今の様な暮らしに入る前に
足掛け1年半も居候し、使えないアシスタントとしてお世話になった恩人です。
これから自分が思い描いていることをどうやって実現していくのか路頭に迷いながらも、
この人の言うことを聞いていればとりあえず大丈夫、という安心感だけはありました。

今の私があの時の私に出会ったら、
『もったいない』と説教しそうだなと思うくらい、あの時の私はぼーっとしていて、
長野さんから何かを得ようという欲がなさ過ぎたと思います。
そんな後悔もありますが、それなりに必死についていったと思います。
私を何とか鍛え上げて下さった長野さんと奥さまには
恩を感じないわけにはいきません。

長野さんはアウトドア料理や自然物を使ったクラフトの教室で講師をすることが多いのですが、
肩書きをつけるのはとっても難しい人です。
本人もこだわりがあるわけでもなく、とにかく多彩だということだけははっきりしています。

長野さんのここがすごい!ということはたくさんあるのですが、
中でも私素敵だなと思うこと。

それは、長野さんの作るものは使われた後、朽ちて行くまでその場所でゆっくりと
時を過ごしていること。

去年、八王子の工房に手伝いに行った時、イベント会場のはじっこに
剪定された雑木で作られたかわいらしい椅子が置いてありました。
もう役目を終えてだいぶたっていたのでしょう。
白いきのこも生えはじめて皮はめくれています。
その椅子が長野さんの歩んで来た道を語っているようで、
何だか切ない様な、深い味わいがこみあげてきました。

長野さんが作った場所(工房)を改めて眺めると、
そんな、ずっと同じ場所で時を重ねている手づくりのものたちで埋め尽くされています。

いらなくなったからといってすぐに壊さない。
次に何に使えるかを考える。
朽ちてゆく姿をこの目で確かめる。
確かめられなくても想像することができる。。。
そんな美を感じる瞬間でした。

使い捨てが当たり前になっている今、
ここまでやっている人はそう居ないでしょう。
長野さんが口では言わない、
見て感じるメッセージ。
ひとつひとつ眺めると見えて来るその『もの』がもつ物語。

ゆっくり味わいに、ぜひ一度Nature Worksを訪れてみて下さい。
普段は公開していません、
ホームページでお知らせがある教室などにご参加されるか、
秋に行われる工房展にお出かけ下さい。(今年は終了しました)



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okisaya19771123

Author:okisaya19771123
山梨の山村に住み、田畑に取組みながら竹のカトラリーを作っています。
※只今育児中につき、制作はお休みしています。
再開の目標は2018年4月。

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