カトラリーは口ほどにものを言う?

2012.07.22(Sun)

『日々の暮らし』 Comment-Trackback-
ここのところ、文章を書く時にうまく言葉が出てこなくて、
スマートに的確に楽しく文章を書いている人に出会うと、
わぁ、いいなぁ。私はなぜできないんだろう。
と考えてしまう。
お手紙を書くときなんか、最悪だ。
読み返して『うわっ。ひどい。』
と思うけど、今の自分はここまでしか書けないとわかっているので、恥をしのんでそのまま送る。

昨日の夜、ふと思い出して、
5年以上前に書いた旅の記録を読んでいたら、
あっという間に丑三つ時になってしまった。
自分でいうのははなはだおかしいのだけど、
その時の文章の方がよっぽど読みやすくて余計な言い回しも少ない。
最近書いたものを読むと、くどくて野暮ったく感じる。

そういえば、学生のころから、自分の思いを文章にするということを
繰り返しやってきた気がする。
特にパソコンを使うようになってから、
あとから読み返したり、挿入、削除、コピー&ペーストなどなど、
文章を整理することによって、自分の考えを整理することをたまにしていた。
それは整理することによって、自分の気持ちを消化して、
何か”腹に落ちる”感覚を求めていたのかもしれない。

去年あたりからなんだか急に文章を書きづらくなってきて、
最初は東日本大震災があって、いろいろなことを言葉にできなくなってきたのかなと思い、
そういう風にこのブログに書いたこともあった。
でもそうでもなさそう。

もしかしたら。。。

小さなころから絵をかくのも作るのも下手。
図工や美術で、いつまでも取っておきたいと思ったものは今まで一つもなし。
そんな私がこうしてカトラリーを作ることを覚えて、
日々作っているいことが、私の表現になっているのかもしれないと、ふと思った。

だとしたら、それでいい。

ものをつくるという行為について、
いろいろな解釈を聞くと、どれもこれも、その通りだと思う。

その中でもどなたかが言っていた、
本能的な行為である、ということは、私自身のことだけでなく、
ワークショップをやらせてもらったりすると、
ある程度人に共通するものだということが、わかりやすく感じられる。

文章でなく、カトラリーに自分の思いを語ってもらえばそれでいいのかもしれない。
両方器用にできたらそれが一番いいのだけど。
だからやっぱり書き続けてみようかな。

というか、ただ頭を使っていないから、退化しているだけだったりして!
オチが悪すぎた!!
すみません!!!

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okisaya19771123

Author:okisaya19771123
山梨の山村に住み、田畑に取組みながら竹のカトラリーを作っています。
※只今育児中につき、制作はお休みしています。
再開の目標は2018年4月。

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